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3度の災害を経験した防災士に聞く、防災グッズで本当に必要なものとは?

地震や水害など、万が一の事態は突然やってきます。大規模な災害が続くことも珍しくなくなったいま、防災グッズの準備は暮らしの必須事項。とはいえ、いざ用意するとなると、何をどこまでそろえていいのかが分からず、後回しになってしまいます。東日本大震災、熊本地震で被災し、2020年の水害では自宅避難した防災士の柳原志保さんに、本当に必要だった防災グッズと、非常持ち出し品をそろえるコツをお聞きしました。

最終更新日:2024.9.24

目 次

プロは防災リュックは買わない!? 防災グッズで「本当に必要なもの」とは?

講演会で話をしている柳原志保さん

画像提供:SHIHO YANAGIHARA

3度の大規模災害を経験した柳原志保さん。宮城県多賀城市の出身で、シングルマザーとして働きながら子育てする日々の中で、突然、東日本大震災が発生。自宅が大規模半壊、避難所での生活を余儀なくされたそうです。翌年、移住した熊本で防災士の資格を取得し、活動を続けていると、2016年に熊本地震が発生。その後、2020年の水害も経験されています。避難所での生活と自宅避難の両方を体験したという稀有な経験をお持ちです。

柳原さんによると市販の防災リュックだけで対応できるケースは多くないそう。ご自身の家族形態やライフスタイル、体調によって自分にとって何が必要かを見極めて準備しておくことが重要だと言います。本当に必要なものを見極めるためのポイントについて伺いました。

【防災グッズの必需品1】ライフライン寸断で一番困るのは「トイレ」

災害により使えなくなったトイレのイメージ

PIXTA

大規模な地震や大雨・台風などの災害下では、電気・ガス・上下水道などのライフラインにさまざまな支障をきたします。3度の大きな災害を経験した柳原さんが最も「困った」と感じたことは、トイレの問題でした。

柳原さん「空腹は我慢できますが、トイレは我慢できません。トイレ問題は、命が助かった後、最初にやってくる緊急事態といってもいいでしょう」

柳原さんは2011年の東日本大震災で、当時宮城県にあった住まいが大規模半壊に。お子さんを連れ、身一つで小学校の体育館に避難したものの、水が止まった体育館のトイレは見る見るうちに汚物にまみれ、悲惨な状態になっていったそうです。

柳原さん「その後、学校のプールの水を使って流すことになったのですが、実はこれが、絶対にやってはいけないことでした。トイレはきれいになりましたが、破損した下水管や下水処理・し尿処理施設に多大な被害が・・・。結果として復旧にかなりの時間を要することになってしまいました」

発災直後はすぐに水洗トイレを使わない、というのは、今では常識。停電で集合住宅の水道ポンプが止まっているときや、豪雨などで床下浸水の被害が出ているときも同様です。

柳原さん「災害下ではまず自治体の情報をチェックしましょう。たとえ水道が流れていても、排水設備や処理施設が機能していることが確認できるまでは、水洗トイレの使用は控えて災害用トイレに切り替えてください。最悪の場合、家のトイレが逆流してくることもあります」

災害用トイレは人数×3日分を想定して準備する

災害用トイレ

uchicoto

災害用トイレとは、尿を固める凝固剤や尿を吸わせる吸水体と、処分用の袋がセットになったもの。自宅の便器に設置して使うもの、地面に置いて使うもの、トラベル用の携帯トイレなど、さまざまなタイプがあります。

柳原さん「携帯トイレは100円ショップなどでも手軽に手に入ります。備えておけばもちろん安心ではありますが、必要数をそろえるとなると、それなりのお値段になります。1人で1日に5個使うとしても、4人家族だと20個。3日分は備えておきたいので、60個は必要になります」

柳原さんは講演会やご自身のYouTubeチャンネルで、段ボールトイレの自作方法を伝授しています。

【段ボールトイレに必要なもの】
・同じサイズの段ボール2個
・45リットルのポリ袋
・カッター、粘着テープ
・新聞紙(猫のトイレ砂、凝固剤など尿を吸わせるものならなんでもOK)

自作する方法を覚えておくと家族で使えて、当座の不便をしのぐことができます。ぜひとも覚えておきたいですね。


【防災グッズの必需品2】なくてはならない「水」は、ボトルを小分けにして準備を

ボトルに小分けにした水

PIXTA

飲用水がなくなることは、生命の危機に直結します。災害下では、トイレの回数を増やさないようにと水分摂取を控えたことで、脱水症状や静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)などの健康障害も多発しがち。水の確保と水分補給は、トイレ問題とともに「本当に必要なもの」の一つです。

柳原さん「1日に必要な水は1人2~3リットルといわれます。ライフライン復旧まで3日として、4人家族なら、36リットル(1人3リットル×3日間×4人分)。なかなかの量ですよね」

柳原さんがおすすめしているのは、2リットルの大きなボトルだけでなく500mlのペットボトルでも用意すること。500mlで小分けにすれば子どもでも持ち運ぶことができ、家族で助け合いながら大切な水を運ぶことができます。

また、コップを準備できないケースもあり、個々人で口を付けて飲むことができる500mlのペットボトルは衛生的。また、水だけでなくお茶やジュースなど種類もいろいろと揃えられます。

柳原さん「大量の水を全てリュックで持ち出すのは、あまり現実的ではありません。自宅避難で済む場合は、お風呂やさまざまな容器に水をためておくことが大事。屋外へ避難する場合は、ポリタンクや水を入れるビニール袋など“水を持ち運ぶ手段”を備えておきましょう」

お茶やジュースなど、飲み物の種類は多いほうがいい

お茶やジュースなどの飲み物

PIXTA

災害下=水と考えがちですが、飲料は水だけでは限界がある、と柳原さん。

柳原さん「避難生活は想像以上に心身にストレスがかかります。お茶やコーヒー、甘い飲み物など“味”のあるものは、日常を感じさせてくれ、ストレスをやわらげてくれます。野菜ジュースなら栄養補給も可能に。避難生活の長期化に備えて飲み物の種類はいくつかあったほうがいいですね。なるべく長期保存できる種類を、日々の生活の中で使いながら備蓄しておきましょう」

日常を感じるもので、避難生活のストレスをやわらげる。被災経験が豊富な柳原さんならではの視点です。

【防災グッズをそろえるコツ1】災害下の3つの「不」を想定する

家族で横たわる様子

PIXTA

防災グッズは、災害下での避難生活の質を保つためのもの。命を救うだけでなく、命が助かった後の3つの「不」を解決することで、心のゆとりが生まれ、元気を生み出す、と柳原さんは言います。

柳原さん「大災害下では〈不便〉〈不快〉〈不自由〉という3つの〈不〉を経験します。当たり前にあるはずのものがない不便、衛生面や環境が悪化することによる不快、普段なら難なくできることができない不自由。この3つを少しでも回避するよう備えるのが、防災グッズです。ですから、防災グッズに”絶対”の形はなく、人によって必要なものは変わります」

2016年の熊本地震では、災害の直接的な被害により亡くなった方に対して、その4倍もの方が、その後の避難生活などにおいて亡くなる“災害関連死”だったそうです。命が助かった後の避難の質に目を向け心のモチベーションを上げることは、とても大切なんですね。

【防災グッズをそろえるコツ2】3日間をしのぐことを想定する

災害によりライフラインが断たれるイメージ

PIXTA

大災害下でライフラインが復旧する目安は3日~1週間。もっとかかる場合もありますが、救援物資などが届くまでの期間を考えて、少なくとも3日間の備えをしておくことが大事です。

柳原さん「避難所には食料や防寒具など最低限の備蓄はありますが、避難者全員が数日間も過ごせるほどは備わっていません。私は東日本大震災の際、何の備えもなく身一つで子どもを連れて避難をしましたが、避難所には水がない、食べ物がない、寒さでこごえるなど、困ることばかりでした。避難所に行けば何かもらえるだろう、と思っていた自分の甘さを痛感しました」

【防災グッズをそろえるコツ3】非常持ち出し品は3つに分けて備える

防災グッズを整理している様子

PIXTA

避難所に行く際も、必要なものはできるだけ持ち込みましょう。避難時に物資があるかないかは、避難生活の質を大きく左右します。

柳原さんがおすすめしているのは、物資の備えを「常に携帯しておくもの」「非常用持ち出し袋に入れておくもの」「使いながら備蓄するもの」の3種類に分けること。こうしておくと、分かりやすく整理できるそうです。

常に携帯しておくもの

柳原さんが常に携帯しているもの

写真提供:SHIHO YANAGIHARA

突然やってくる万が一の事態に対応できるよう、ポーチなどにまとめていつもカバンに入れておきましょう。

(例)
■ウエットティッシュ
■小型の懐中電灯
■鏡
■常備薬(鎮痛剤、胃腸薬など)
■化粧品
■生理用品
■はさみ
■つまようじ
■ビニール袋
■綿棒
■リップクリーム
■輪ゴム
■応急救急グッズ(絆創膏など)

非常用持ち出し袋に入れておくもの

柳原さんの非常用持ち出し袋の中身

写真提供:SHIHO YANAGIHARA

非常用持ち出し袋は一人一つ、または大人用と子ども用に分けて用意しておくと、重量を分散できるのでおすすめ。■は家族全体で1個、□は各自の袋に入れておきましょう。

(例)
■おしりふき
■イヤホン
■赤ちゃんのおむつ
■お金(特に小銭を多く)
■ヘッドライトまたはランタン
■ラジオ(手回し充電タイプ)
■電池
■トイレットペーパー
■折り畳みポリタンクなど水を持ち運ぶもの
□着替え(1回分)
□うわばき
□はさみ
□筆記用具
□水など飲み物(500mlペットボトル2~3本)
□お菓子
□おもちゃ

使いながら備蓄するもの

柳原さんのローリングストックの様子

写真提供:SHIHO YANAGIHARA

日々の生活で使いながら補充していく「ローリングストック」なら、賞味期限切れを防げます。どれもすでに家にあるものばかりですが、わが家ではすぐに使うものと在庫置きと、数か所にわけて置いています。在庫コンテナには中身を記載してラベルで貼っておくことも大事です。

(例)
■パックご飯や缶詰、レトルトなど保存のきく食料
■水、お茶などの飲料(最低3日分)
■カセットコンロ
■ガスボンベ
■タオル
■暑さ・寒さ対策(うちわ、カイロなど)
■電源(モバイルバッテリー、電池など)
■衛生用品(除菌シート、トイレットペーパーなど)
■衛生用品(トイレットペーパー、除菌シートなど)
■お菓子・コーヒーなどの嗜好品

防災グッズは「防水」しておこう

ビニール袋などで防災グッズを防水している様子

uchicoto

せっかく備えた防災グッズも、水に濡れてしまうと使えなくなるものが増えてしまいます。ジップ付きのビニール袋で小分けにしたり、荷物やリュック全体をビニール袋で包んでおくなど「防水」の工夫が必要です。

防災グッズをそろえたら「わが家の避難タイムライン」を決めよう

柳原さんの避難タイムライン

画像提供:SHIHO YANAGIHARA

この画像は、柳原家の大雨時の避難マイタイムライン。万が一の際はどこへ避難するか、どのタイミングで避難するか、避難準備は誰が何を担当するかなど、災害下でのやるべきことが警戒レベル別に時系列ですっきりとまとまっています。

いざという時に慌てないよう、柳原家のマイタイムラインを参考に、自分の家庭のマイタイムラインをつくってみましょう。

柳原さん「わが家の避難のタイミング(避難スイッチ)は、警戒レベル4です。台風や大雨の場合は天気予報を見ていれば、早めの準備ができます。夜中に警戒レベル3から4、5へと一気に進む場合があるので、明るいうちに準備を済ませておくのがポイントです」

避難先は複数考えておく

家族で避難経路を確認する様子

画像提供:SHIHO YANAGIHARA

警戒レベルが上がると「必ず自宅から立ち退き避難をしないといけない」と思いがちですが、避難場所は公共の避難所だけに限りません。以下の3つの条件が満たされていれば、自宅や知人宅、安全なホテル、車中泊などでもOKです。

●家屋倒壊等氾濫想定区域に入っていないこと
●浸水深より居室が高いこと
●水が引くまで我慢でき、水・食糧などの備えが十分にあること

自宅が安全かどうか、まずは自治体のハザードマップで想定されているリスク(家屋倒壊・浸水等)を確認しましょう。

柳原さん「地域のハザードマップによると、わが家は洪水時の浸水想定水位が最大3mでした。避難先は、コロナ禍での密の回避や地域に高齢者が多いので、避難所は最終手段にして、自宅の2階や知人宅ガレージでの車中泊を考えています。避難先は優先順位を決めて複数考えておくと安心です」

防災情報をチェックしよう! 「ハザードマップ」ってどんなもの?

防災グッズをそろえる際のワンポイントアドバイス

スマホから情報を確認するイメージ

PIXTA

防災グッズをそろえる際、意識すべきは以下の6つ。それぞれに柳原さんのこだわりを聞きました。

1.情報
重要な情報源となるスマホ。電源が尽きないようモバイルバッテリーの準備を。ただし大災害下では通信が途絶えることもあり、ラジオもあると安心です。

2.食べ物
アルファ化米など長期保存のきく災害用の食事は安心ですが、好きなものを入れるのも大切。お菓子なども日常を感じさせてくれる大事なアイテムです。

3.衛生
衛生面が悪くなると不快なだけでなく、感染症や病気のリスクが上がります。災害下での体調不良は心細いもの。不便な中でも除菌など衛生管理は怠らずに。

4.睡眠
ただでさえ不安で眠れない災害下。睡眠不足は体調不良に直結します。避難中でも快適に眠るための工夫は欠かさずに。エアーマットや耳栓などがあると安心です。

5.暑さ寒さ対策
アルミシートなど寒さ対策だけでなく、暑さ対策も忘れずに。夏場の避難は熱中症の危険もあります。保冷剤、扇風機やうちわなども準備して。

6.あかり
懐中電灯は手持ちのものより据え置き型やヘッドライトなど、両手が空くものが便利です。ろうそくやマッチは火事の危険もあるため、あまり出番がないかも・・・。充電式電池がおすすめです。

家で使うものを、防災でも使えるものに変えよう

イワタニ カセットフー タフまる

TOKYO GAS

一人一つの非常持ち出し袋に、大量の防災用品・・・。備えが必要だと分かっていても、置き場所がないから・・・と、本格的な備蓄に踏み切れない方も多いのではないでしょうか。

柳原さん「全てのグッズを“防災用”として備えようとすると、部屋がいくつあっても足りませんよね(苦笑)。ですので、日々の生活用品を、少しずつ防災を意識したものに変えていくのがよいと思います。アウトドアで使えるものは、日常づかいでも災害下でも役立つのでおすすめですよ」

おわりに

「防災に完璧と正解はありません。これだけをそろえていたら安心」と、一律では考えられないのが防災だという柳原さんのメッセージが印象的でした。情報が途切れないことを重視するか、安眠できることを重視するか、寒さ暑さに悩まされないことを重視するかなど、人によってこだわるポイントはそれぞれ多様。また、準備していたグッズが使えなかった場合のことも考えて、一つの手段だけでなくさまざまな選択肢を用意しておくことが、真の「備える」ということだ…という言葉も、重く響きました。

  • この記事取材先プロフィール

    柳原志保

    防災士

    柳原志保

    「歌う防災士 しほママ」として講演やイベント、テレビ、ラジオ、雑誌などのメディアで防災についての啓発活動を行う。2011年の東日本大震災で自宅が大規模半壊、避難所生活を送る。シングルマザーとして子どもたちのために何の備えもできていなかったことを深く省み、2012年に熊本へ移住、2014年に防災士の資格を取得する。2016年、熊本地震、2020年熊本豪雨では自宅避難を経験。人生で3度の大災害に遭った経験を生かして「生きた備え」のノウハウを、親しみやすいトークや歌、体操などバラエティな入口で伝授している。

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公開日:2021.11.11

最終更新日:2024.9.24

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