そもそも停電時にトイレは使えるの?
「停電しているときに水洗トイレは使えるのでしょうか?」と加藤さんに尋ねたところ「リモコンが動かない」「電動のトイレが作動しない」といった表面的なことだけではなく、多角的に状況をとらえることの大切さを解説してくれました。
「大まかにいうと水洗トイレには、電気と給水排水と処理の3つの要素が必要です。停電することで断水が起こる可能性もあります。また、浄水場などが停電すれば、建物の種類に関わらずそのエリア一帯が断水することもあります。地震など災害が原因で停電が起きているのであれば、自宅の排水経路、排水されていった先の処理施設の状況にまで気を配る必要があります。停電と一口に言っても、広い視野で対応することが大切なのです」(加藤さん)
「停電」で断水する建物もある
では、近隣一帯が停電した場合、どのようなことに気を付ければ良いのでしょう。
「給排水設備と汚水処理が機能しているのであれば、基本的にトイレは流すことができます。その際は当然、洗浄水が必要です。戸建て住宅は、水道局から水を送り出す圧力を利用して給水しているため、単純に停電しただけで断水する可能性は低いです。もし、リモコンなどで流すことができなくても、バケツにくんだ水で便器の汚物を押し流すように流せば問題なく使えます。ただし、便器によっては事前の操作が必要な場合がありますので、メーカーのウェブサイトや取扱説明書などを確認してください」(加藤さん)
一方でマンションは要注意だと加藤さんはいいます。
「マンションは、高層階に水を送り込むため、戸建てが利用している直結直圧方式の水圧に加えて、電動ポンプを使う加圧方式を採用しているケースがあります。安定して水を供給するために受水槽を設置している建物もあるでしょう。仮に受水槽が屋上にある場合、停電前にポンプでくみ上げた水を使い切るまでは水道水を使うことができます。しかし、受水槽が低層にある場合や、受水槽のないマンションはすぐに断水してしまいます。そのため、あらかじめ自宅の建物がどのような給水タイプなのか確認しておくと良いでしょう」(加藤さん)
停電時にトイレを流すのはもったいない!?
停電しても受水槽が高置水槽の場合は、受水槽に残っている水を使い切るまでは水道水を使うことができるとのことですが、注意が必要だと加藤さんは言います。
「回復の目途がつかない停電の場合、仮にマンションの受水槽から給水できたとしても、その水は貴重な飲料水であり、手や顔を洗える衛生的な水ということです。トイレが節水タイプであっても、通常、1度の排水で6〜8L程度の水量が必要になります。そのため、用意があればお風呂の残り湯を使ったり、水を使わない災害用トイレを使ったりする選択肢を検討し、受水槽からの水はトイレには使用しない方が良いのではないでしょうか。ただし受水槽の水も時間経過とともに飲み水に適さなくなるので注意が必要です」(加藤さん)
過去の災害では、病院などで受水槽の水を有効活用するため、水洗トイレを使用不可とし、すべて災害用トイレに切り替えた事例もあるとのことです。
ただし、こういったことはマンション全体での共有が必要になってくるでしょう。
停電と同時に断水が起こった場合にトイレを流す方法は?
断水になっても安全に排水ができて、洗浄水の確保が可能なら、バケツなどで便器に直接水を流し入れて、汚物を流すことができると加藤さんはいいます。
「洗浄水はタンクに入れて使うのか、直接便器に流すのか、という質問があります。この場合、洗浄水はタンクに入れないほうが良いと考えています」(加藤さん)
その理由は3つあるとのこと。
「1つ目は、タンクに入れるならば、そのトイレの設計水量を入れなければうまく流れません。8Lタンクのトイレなら、8L入れなければなりません。これはかなりの水量を要するので、バケツで直接流し入れたほうが効率的でしょう。
2つ目は、最近のタンクはコンパクトで精密になっているので、上からむやみに水を入れてしまうと、故障の原因になります。
3つ目は、水道水のように衛生的な水をタンクに入れるなら良いのですが、風呂の残り湯などを利用するとタンク内にカビなどが発生する可能性がありおすすめできません」(加藤さん)
水を大量に使わず、タンク内の故障などリスクがないのは、便器に直接流す方法だということですね。
「ただし、この方法は練習をしておかないと上手に流せないかもしれません。汚物に水が直接当たるように、押し出すようなイメージである程度勢いをつけて流します。また、トイレットペーパーはつまりの原因になるので、可燃物として分別しトイレには流さないことも大事なポイントです」(加藤さん)
ただ、この手法が可能なのは陶器製の便器だけとのことです。
「プラスチック製の便器は、陶器の便器とは構造が異なります。バケツの水を便器に溜めて停電用ハンドルを操作することで、流すことができるタイプがありますから、実践する前に、自宅のトイレの取り扱い方法を必ず確認してください」(加藤さん)
断水復旧後に開栓するときはトイレは最後に!
「長い期間断水すると、通常は水道水で満たされている水道管に空気が入ったり、ほこり・砂が混じる可能性があります。そのため、温水洗浄便座のように複雑な機構の水栓金具から開栓すると故障につながります。断水復旧後は単純な機構の蛇口、いわゆる単水栓から順番に水を出すのが良いでしょう」(加藤さん)
災害で停電したときは、情報をこまめにチェック!
落雷、台風、地震といった自然災害が原因で予期せぬ停電が起こることもあります。その中でも、地震による停電の場合は特に注意が必要だそう。
「地震が原因で停電した場合、一見問題なさそうなトイレであっても、排水した先を意識する必要があります。まずは自宅の敷地内、マンションの場合も配管が破損していないかを確認する必要があります。自主点検や業者に確認してもらう方法があります。
もし、敷地内の排水設備が破損していた場合、無理に水を流すと被害が大きくなる可能性があります。また、マンションなどの場合は、低層階の住居に被害をもたらす可能性があります。自宅のトイレを守るため、他人に迷惑をかけないために、状況の把握ができるまで備蓄しておいた災害用トイレを使って様子を見るのが良いでしょう。日本トイレ研究所ではマンションでのトイレ確認方法を解説した小冊子『どうする?災害時のトイレ(マンション編)』を販売していますので、参考にしてください」(加藤さん)
市町村によって伝達の方法は異なるものの、公共施設である下水道などに破損が認められた場合、トイレ使用自粛のお知らせが発信されるケースもあるそうです。
災害による停電時には、このような情報が発信されていないかも注意しましょう。
停電したとき、トイレに困らないために
停電にはさまざまな原因があります。工事や点検などであらかじめ停電する時間がわかっている場合は、その時間は外出するといった対応もできますが、自然災害によるものなど復旧までどのくらいかかるかわからない停電もあります。しかし、排せつは生理現象なので待ってはくれません。
停電時にトイレで困らないために備えておきたいことについて、加藤さんに伺いました。
平時にトイレの取り扱い方法をチェックしておく
最近のトイレには、タンク式、タンクレスなどさまざまなタイプがあります。また、自宅用トイレでも給排水に電気を使用しているタイプが増えています。
停電した際、トイレの使い方を取扱説明書で調べたいと思うことがあるかもしれません。しかし、取扱説明書がWeb上にあると、インターネットが使えない状況では確認する術がありません。
「停電時の使用方法は基本的にトイレのタイプ、メーカーによって異なります。そのため、自宅のトイレの取り扱いを平時に確認しておくことが大事ですね。後回しにせず、この記事を読んだらすぐにでも確認してみてください」(加藤さん)
自宅で使える携帯トイレを備蓄しておく
「そもそも排せつとは自律神経によるもの。副交感神経が優位な時に成り立ちます。だからこそ、トイレに必要なのは安心です」と加藤さんは話します。
「安心できないと、人の体は排せつしづらくなります。仮に近くに仮設トイレが設置されたとしても、停電中の夜間は暗いですし、暑さや寒さ、雨や吹雪の場合もあるかもしれません。また、防犯上の観点からも不安を感じることもあるかもしれません。排せつは食事よりも回数が多く、習慣化されています。自宅のトイレは入り慣れていますし、鍵もかかる。この安心できる空間を有効活用できるのが、災害用の携帯トイレなんです」(加藤さん)
停電時のトイレの使い方を知ると同時に、携帯トイレという選択肢を増やすことで、停電時の安心が高まります。
使いやすい携帯トイレを選ぶために
「最近では、さまざまなタイプの携帯トイレが登場しています。しかし、トイレは使い方を変えること自体が大きなストレスになります。体勢や操作方法が変わると、頭ではわかっていても体が反応できず排せつできないという場合もあります。一度使ってみて、使いやすいかどうか検討することが大事ですね」(加藤さん)
「保存食などは嫌いなものを選ばないでしょう?」という加藤さん。アレルギーや好みを考慮して食べ物を選ぶように、トイレも子供や年配者など、家族みんなが使いやすいか話し合って選んでみてください、と話してくれました。
おわりに
停電時のトイレは「作動しない」といった表面上の不具合だけでなく、多くの人が排水したその先にまで意識を向けることで、大規模なトラブルを防ぐことにつながります。また、排せつは少しの環境変化に影響を受けるほどデリケートです。生きることに直結するからこそ、十分な備えはいざという時にとびきりの安心感へとつながるでしょう。ぜひ、平時に家族でトイレについて話し合ってみましょう。