南部鉄器の良さや魅力が見直されている
岩手県の伝統工芸品、南部鉄器。鉄を溶かして鋳型に流して形を作る、伝統技法で作られています。昨今、欧米や中国を中心に大ブームとなり、日本でもあらためてその良さが見直されてきています。中には品薄状態が続く商品も。少し前までは「重い・錆びる・古くさい・お手入れが面倒」とも言われた南部鉄器ですが、注目されている背景には何があるのでしょうか。
南部鉄器の良さ、魅力、歴史や使い方について、南部鉄器を製造する及源鋳造株式会社の及川久仁子社長(以下、及川さん)に伺いました。
南部鉄器の歴史は平安時代にさかのぼる
及川さんによると、南部鉄器の技術が生まれたのは約900年前の平安時代。岩手県はもともと砂鉄や鉄鉱石など鉄資源が豊富に採れる地域でした。さらに、南部鉄器の型を作るのに必要な砂は北上川河川敷から採れ、砂と混ぜ合わせる粘土が北上山地に存在していたのです。
また、鋳物を固めるための熱源も必要ですが、岩手県は昔も今も木炭の生産量が日本一。このように、岩手県は鋳物づくりに適した環境に恵まれていたこともあり、南部鉄器が生まれ、地場産業として発展を遂げていったのです。
記録によると17世紀末、当時の南部家の藩主が鋳物師や釜師を召し抱え、鋳鉄技術の発展に尽くしたとされています。南部鉄器を代表するやかん「南部鉄瓶」は、1709年頃、鋳物師の小泉家三代仁左衛門が土瓶の代わりとして考案したのが始まりとされています。
全国的に流通したきっかけは江戸時代、茶湯釜が参勤交代で江戸に赴く諸国の大名への手土産とされたこと。明治以降は、南部鉄瓶が茶器として広く親しまれるようになりました。1975年(昭和50年)には、国の伝統的工芸品に南部鉄器が認定されています。
南部鉄器の良さを一挙ご紹介! 意外なメリットも
南部鉄器には、鉄瓶、急須、鉄鍋などいろいろありますが、どんな良さがあるのでしょうか。普通の鉄製のやかんや鍋とどう違うのでしょうか。詳しくご紹介します。
(1)南部鉄瓶で沸かすと水がおいしくなる
南部鉄器で沸かした水は「口当たりがまろやかになる」と言われ、お茶を入れたり、白湯として飲まれたりと親しまれてきました。なぜ南部鉄器で水を沸かすと味が変化するのでしょうか。
及川さん「南部鉄器の鉄瓶で沸かすと、水が軟らかくなります。これを軟水化といい、味がまろやかになるんです」
南部鉄器の鉄瓶で水を沸かすと、水に含まれるカルシウムやマグネシウムが鉄瓶の内側に白く付着していきます。水を固くする成分でもあるカルシウムやマグネシウムが除去されるので、沸かした湯の口当たりがまろやかになるという結果に。もともと、日本の水はカルシウムなどの含有量が低い軟水ですが、それでも沸かす度にわずかに白い跡が付くそうです。
普通のやかんの場合も沸かす度にカルシウムが付着しますが、水垢と呼ばれ、こびり付くとやかんが壊れてしまう原因に。使った後はすぐに落とす必要があるのだそう。同じように水道水に含まれるカルシウムでも、普通のやかんでは厄介者となり、南部鉄器の鉄瓶の場合には浄水してくれるとは不思議ですね。
(2)南部鉄瓶は育てる楽しみがある
南部鉄器の魅力は、だんだんと「育つ」ということです。南部鉄瓶は内側を洗わないのがきまり。そうすることで、使う度に水に含まれていたカルシウムが鉄瓶の内側に付着していきます。徐々に白くなっていく過程を見て「育っている感」を楽しむことができます。
この白い跡は湯垢と呼ばれます。及川さんによると、湯垢に含まれるカルシウムはアルカリ性なので、鉄瓶が酸化しにくくなり、サビを防いでくれるのだといいます。
「カルシウムが層になりどんどん重なっていくと、さらにカルシウムを吸着しやすくなっていきます。内側が白くなっていくのも、鉄瓶を育てる楽しみですね」と及川さん。
使い始めは湯垢をしっかり残すために、硬度300㎎/Lほどの硬水を数回沸かすとよいそうです。硬度が高すぎるとカルシウムが結晶化して浮いてきます。
(3)鉄鍋なら料理が短時間でおいしく仕上がる
鉄の特徴は蓄熱力。短時間で高熱になり、食材のうま味を凝縮してくれます。鉄鍋なら炒め物はシャキシャキに、チャーハンはパラパラと食感良く仕上がります。
上のグラフは鉄、アルミニウム、ステンレスとチタンの熱伝導率と保温性を比較したもの。「比熱×密度」とあるのが保温性の目安となる数値です。
熱伝導率の高さだけで見れば、鉄はアルミニウムにかないませんが、熱伝導率が高いということは、熱しやすいけど冷めやすいということ。鉄の場合は熱伝導率が比較的高いだけでなく、保温性も高いので「熱しやすく冷めにくい」鍋になります。同じ重さの鍋なら、鉄の保温性の高さはステンレスの次に高くなります。
この特性から、鉄鍋なら、焼き物だけでなく煮物やご飯もおいしく仕上げてくれることが分かります。
また、鉄には優れた耐久性もあります。表面にフッ素などの加工コーティングをしてある鍋の場合、高温や温度変化に弱く、使用していくと徐々に表面が傷ついてしまいます。でも、鉄鍋なら空焚きしても大丈夫。高温にも温度変化にも強いので、正しくお手入れすれば、何年でも使用できます。
(4)南部鉄器は基本、熱源がガスでもIHでも使用できる
南部鉄器はガスの直火もOKですし、基本、IHでも使うことができます※。
「IHでは使えないんじゃないか」と疑問に思う人も多いようですが、鉄は電気抵抗が強い金属なので、最もIHに適しています。多層構造の鍋も鉄が使われています。
ただし、底面が平らで一定以上の大きさでないとIHが反応しなかったり、商品によっては1年ほどで底面が曲がり使えなくなってしまうものもあります。南部鉄器をIHで使いたい場合には、必ず「IH対応」と記載のあるものを選びましょう。
熱源がガスの場合には、どんな鍋でも使用可能です。どんな南部鉄器も安心して使えますね。
及川さん「熱源として比較すると、ガスとIHで熱の伝わり方は全く異なります。ガスは鍋全体に熱が伝わりますし、IHは底面だけ温まる仕組みです。パワーがある熱とソフトな熱という言い方もできますね。どちらも使える南部鉄器ですが、わが家は熱が鍋全体に伝わるガスを使っています。」
※南部鉄急須は直火対応していません。
鉄瓶、急須、鉄鍋・・・、南部鉄器の選び方とは?
南部鉄器といえば、鉄瓶や急須、鉄鍋が有名ですが、最近では風鈴や花器などインテリア雑貨も多数そろっています。またデザインも多様なので、どう選ぶか迷ってしまいますね。
その中でも伝統技法で作られる南部鉄器、性能的にはどれも同じなのでしょうか。
及川さんによると、伝統技法をベースに製造される南部鉄器ですが、各メーカーが企業努力を重ねているため、さまざまな違いがあるそうです。
例えば、及源鋳造さんの鉄瓶は約900度で1時間程焼くことで、「酸化皮膜」と呼ばれる膜を生じさせるそうです。この皮膜がサビを防ぎます。高温で焼き上げることで皮膜を生じさせる手法は「釜焼き(素焼き)」と呼ばれていますが、サビを防ぐための技術は各社によって違うのだとか。他社の製品には、フッ素樹脂でコーティングして、サビを防いでいるものもあります。
同社では鉄鍋にも釜焼きの技術を取り入れた「ネイキッドフィニッシュ」と呼ばれる技法で特許技術を取得しています。これまでの鉄鍋は、カシュ―塗料でコーティングすることが一般的でしたが、同社の技術により、コーティング加工ではなく酸化皮膜でサビを防ぐ鉄鍋が登場したのです。鉄鍋でも釜焼き独自の美しい肌合いを楽しむことができるようになり、耐久性も増しました。
また、鉄瓶のような大きなものや茶たくのような小さなものもありますが、それぞれ鉄を注ぐときの適切な温度や注ぎ方が異なるため、職人が長年の経験から見極めて温度を調整する必要があるのだそう。
このように、南部鉄器と一言で言っても各社が多様な技術革新を重ねています。デザインだけでなく、各社の独自性や機能性も意識して選びたいですね。
南部鉄器の種類、使い方・お手入れの方法
南部鉄器の代表的な製品である、鉄瓶、鉄鍋、急須について、一般的なお手入れ方法をご紹介します。各メーカーや商品の種類により、お手入れ方法が異なる場合もあるので、詳しくは商品取扱説明書を確認してください。
鉄瓶の特徴とお手入れ方法
鉄瓶には、水を沸かすと軟水化し味をまろやかにしてくれる特徴があります。
鉄瓶のお手入れ方法は、上でご紹介したように、釜焼き仕上げのものか、コーティング加工かにより異なります。ここでは、釜焼きの鉄瓶の場合のお手入れ方法をご紹介します。
(1)使い始め
- 鉄瓶のふたを外し、内部を軽く水ですすぎます。
- 硬水を八分目まで注ぎ、20分ほど沸騰させます。
- 沸騰したお湯を捨て、余熱で内部を乾かします。
- 上の工程を3回ほど繰り返します。
(2)使用後
お手入れ方法はそこまで複雑ではありません。使用後に中の水分を乾かすだけ。水分が残っているとサビの原因になってしまいます。鉄は蓄熱性が高く、基本的にはふたをとって置いておくだけでも乾きますが、梅雨時期など乾きにくい季節は10秒~20秒ほど空炊きするとよいでしょう。
鉄鍋の特徴とお手入れ方法
鉄鍋というと、すき焼きや寄せ鍋のイメージがあるかもしれませんが、焼き物や煮物など多様な料理に活用できます。高温で食材のうま味を閉じ込めてくれるので、普通の料理がワンランクアップしますよ。
(1)使い始め
鉄鍋の場合、料理の度に油が染み込んでサビにくくなっていきますが、最初にサビを防ぐための油ならしをする必要があります。以下に及源さんの動画もあるので、詳しく見たい方はご覧ください。
- たわしで水洗いし、弱火~中火で空焚きして水分を蒸発させます。
- 火を弱めて鍋底を覆うくらいに油を入れ、刻んだ葉野菜を入れて2~3分炒めます。
- 野菜を取り出し、鉄鍋が冷めたらたわしを使って水洗いします。
(2)使用後
- クレンザーは使用せず、天然素材のたわしやブラシで水洗いしてください。
- 洗浄後に水気を拭き、空焚きして冷まします。
(3)サビが気になる時
- 錆びた部分をこすり洗いし、油ならしを再度行います。
特にガスコンロで加熱していると、ガスの中に含まれる水分により底面が錆びてきたり、色が焼けてくることがあります。定期的なお手入れとして、普段から鉄鍋を使い終わる度に薄く油を塗る方法や、鉄瓶であれば温かいうちにお茶を浸した布でトントントン・・・と何度も叩くことでサビを防ぐ方法もあります。お茶から出るタンニンと鉄瓶の鉄分が化学反応を起こして、サビや色落ちを防ぐ効果が期待できます。
鉄急須の特徴とお手入れ方法
南部鉄器の鉄急須を初めて開発したのは、及源鋳造さんだったそう。営業担当者が客先への提案のために、鉄瓶のミニチュア版として持ち歩き用に開発されたものだったといいます。今では、鉄急須は茶器の一つとして活用されるようになりました。その耐久性や保温性、風流な見た目から世界中で人気を博しています。
鉄瓶は酸化皮膜でサビを防止しているため、内側を洗うことはできませんが、鉄急須は琺瑯(ほうろう)で仕上げているので、内側をスポンジで洗うことができます。
茶こし、ふた、鉄急須、それぞれのお手入れが必要となります。
- 使い始めや使用後は急須内部と茶こしやふたを柔らかいスポンジでお湯洗いします。
- 使い終わった後は乾いた布で水気を拭き取り、よく乾燥させます。
- 鉄急須は直火にかけることはできません。
※黒色以外のカラー急須はスポンジなどで洗った際に色落ちする場合がございますので、お湯で流す程度にしてください。
おわりに
近年では、年代を問わず「良いものを大事に長く使おう」という風潮があります。また、在宅時間が長くなり、時間をかけてでも料理をおいしく作るために道具を使いこなしたいと考える人も増える傾向に。そんな中で、南部鉄器の持つデザイン性だけでなく、高い機能性はその人気に拍車をかけています。ぜひ楽しみながら使いこなしていきたいですね。