刺繍を始めたきっかけ
近年、刺繍が根強い人気です。かわいい図案が載った本が多数出版され、材料がすべてそろった刺繍キットも多く販売されています。刺繍は針と糸さえあればでき、狭いスペースでも完結する手軽さも人気の理由です。今回はアルファベットの刺繍や恐竜の刺繍など、独自のモチーフが人気の刺繍家、「クロヤギシロヤギ」の千葉美波子さんに刺繍の魅力から、刺繍の基本、アイテム作りまでを5回の連載で教えていただきます。「ウチコト」オリジナルのアルファベット刺繍図案も特別にデザインしていただきましたので、そちらもお楽しみに!
独自の世界観で多数の書籍を出版され、いろいろな企業との刺繍コラボなど、幅広い分野で活躍されている千葉さん。まずは気になったのは千葉さんの「クロヤギシロヤギ」という屋号。とてもかわいい名前ですが、名前の由来は何でしょうか?
千葉さん「以前、会社勤めをしていて、とても多忙な日々を過ごしていました。忙しい中、ふと自分を振り返った時に、手紙が書けるくらいの余裕が持てる働き方をしたいと考えたことがきっかけで、手紙や本にまつわる紙ものの雑貨を作って販売するという活動を始めました。もともと手紙や本が好きだったこともあり、童謡の『やぎさんゆうびん』の一節から取って『クロヤギシロヤギ』という屋号にしました。その後、この活動をメインにするために独立。途中から刺繍を使ったアイテムが増えていき、現在に至っています」
刺繍はもともとされていたのですか?
千葉さん「会社員の頃、刺繍したバッグが欲しくて自分で作ってみたことはありました。でも刺繍をしたのはそれっきりで・・・。そのバッグは本当に自分で自由に布に絵を描いて、その上から刺繍したという感じで、なので学校に通って勉強したことはないんです。その後、紙ものの雑貨を作っている時に、アルファベットのペイントをしたブックマークにちょっと飾りを付けたくて刺繍を加えたんです。今振り返ると、それが刺繍の仕事の始まりだったような気がします。それから刺繍のものをもっと作って欲しいという要望や広告などの仕事でも刺繍のオファーが増えていき、その頃から本格的に刺繍を学び始めました。独学なので、海外の刺繍本や古い本を参考にして技術などは習得しました。刺繍の歴史的な部分だったりも興味深く、民族衣装の本なども参考になりました」
作品の中では、かわいい図案の中に、珍しい動物だったり、恐竜だったり、妖怪だったりと、ユニークな図案も多く発表されている千葉さん。かわいいだけではなく、専門的でちょっとマニアックなものも多いので、千葉さんの刺繍は、眺めているだけで図鑑を読んでいるようなワクワク感があります。そのユニークな図案はどこから着想を得ているのでしょう?
千葉さん「小さい頃から絵を描くのは好きでしたが、こちらも刺繍同様に学校に通って勉強したことはありません。もともと本を読んだり、物事のバックグラウンドを調べたりするのが好きなので、図案を描き起こす時も、描きたいモチーフの背景や歴史、生態や骨格などから調べて、それをベースにデザインを考えたりします。徹底的に調べてイメージを膨らませという、その作業が好きなので、図案へのアプローチの仕方は少し他の方と違うかもしれません」
話を伺って納得。千葉さんの刺繍の端々に感じる「図鑑っぽさ」は、そういったところから生まれたんですね。
アルファベットの刺繍の面白さ
千葉さんの作品の中でも代表的なのが、これまで数多く発表されているアルファベットの刺繍。さまざまなモチーフをアルファベットに落とし込んで26文字をデザインした刺繍図案で、文字なのにユーモラスで、ずっと眺めていてもまったく飽きない面白さが詰まっています。では、アルファベット図案を描き始めたのはなぜだったのでしょうか?
千葉さん「アルファベット図案を描き始めたのは、小学生の頃からアルファベットが好きだったからです。好きになったきっかけは、父から海外のお土産でもらったアルファベットブックで、小学生の頃はそれを訳して繰り返し読んでいました。大人になってからは、いろいろなアルファベットブックを集めるようになり、そうしてさまざまにデザインされたアルファベットを眺めるうちに、それぞれの文字には個性があり、また性格やキャラクターがあることに気付いたんです。さらに、人はアルファベットのそれぞれの文字から誰かを思い浮かべたり、文字に誰かを投影させたりするということも知りました。例えば、並んだアルファベットを見ると、大体の人は自分のイニシャルか身近な人のイニシャルの文字を探しますよね。ひらがなやカタカナなど、他の文字ではそういうことはあまりないです。そんなアルファベット独自の特異性に魅力を感じるんです」
それぞれの文字に性格やキャラクターがあるなんて面白いですね。そして確かに、アルファベットの中でも自分や家族のイニシャルは、何となく特別感があり、人を思い浮かべてしまいます。
では、アルファベット図案をデザインする上で大切にしていること、難しいことは何ですか?
千葉さん「アルファベット図案のデザインでは、なるべく1文字だけではあまり文字と認識できないように、あえて少しだけわかりにくいデザインにしています。アルファベットはそれぞれの文字にキャラクターがあって、個人が思い浮かぶもので、そこが面白い面である一方で、みなさんイニシャルの刺繍を好まれる傾向にあるので、できるだけ刺繍したものを持っていても個人を特定できないように、よく見たら文字だとわかるくらいのギリギリのラインのデザインを心がけています。私としては、わかりやすい文字だとプライベート過ぎて、少し恥ずかしさがあるので…。1文字だけの時は、文字も「文字」という義務から離れて、絵のような自由さを持てるのが理想です。でも、あくまで文字なので、並べたら文字だと認識できるようにしたいと思っていて、デザインする上では、その境界線が難しくもあり、面白いところでもあります」
千葉さんの作品を拝見しているといろいろなストーリーを感じます。アルファベット図案も然りで、並んだアルファベットを順にじっくり眺めていると、絵本の中に迷い込んだような感覚になります。
千葉さん「モチーフを文字の中に落とし込む時に、自然と何かのストーリーをイメージしています。そのイメージがないと26文字のアルファベットとしての役割が分散されてしまうので、個性ある26個それぞれのものをしっかりと結びつけるのがストーリーなのかな思います」
今回、「ウチコト」でもオリジナルのアルファベット図案を描き下ろしていただきました。そこに描かれているのはどんなストーリーなのでしょうか。
刺繍の連載の内容をご紹介します
今回の連載は初心者の方でも楽しめる盛りだくさんの内容でお届けします。刺繍の基本から、市販品への刺繍、布への刺繍、それをアイテムに仕立てるところまで、回ごとに違うものを紹介していきます。
また今回、千葉さんに「ウチコト」オリジナルのアルファベット図案をデザインしていただきました。3回目から登場しますので、お楽しみに!
- 1回目(今回):刺繍に使用する道具と材料、刺繍の基礎を紹介します。
- 2回目:制作の初回は刺繍初心者の方向け、市販の英字がプリントしてあるエコバッグを刺繍でかわいくアレンジします。フリーハンドで図案を描いて刺すという、図案写しがいらない刺し方を紹介します。
- 3回目:「ウチコト」オリジナルにデザインしていただいたアルファベット図案を詳しく紹介をします。また市販のハンカチに「ウチコト」オリジナルのアルファベット図案を刺繍します。ワンポイントだけでかわいい、プレゼントにも最適なアイテムの紹介です。
- 4回目:少しステップアップして、布にアルファベット図案を刺繍して、それをマットに仕立てます。サイズを変えればコースターにもなる、実際に使って楽しめる実用的なアイテムの紹介です。
- 5回目:4回目の応用でアルファベット図案を刺した布でピンクッションを作ります。中に綿を詰めるだけの簡単アレンジですが、さらに紐を付ければオーナメントや部屋飾りとしても使える応用の幅が広いアイテムの紹介です。
初めてさんでも楽しめそうなアイテムが目白押しですが、今回の連載のお楽しみポイントを千葉さんに伺いました。
千葉さん「刺繍初心者の方からよく耳にするのが、図案を写すのが苦手という声です。そんな方にチャレンジしてもらいたいのが、フリーハンドで図案を描いての刺繍。ライブレッスンなどでも好評なので、今回の連載(2回目)でぜひご紹介したいと思いました。さらにレッスンやワークショップをしていて感じるのが、刺繍と縫う(仕立てる)が必ずしもイコールではないということ。刺繍がしたいとおっしゃる方でも、縫ってアイテムに仕立てるのは苦手という方が結構いらっしゃいます。今回はそんな方でも楽しんでいただけるような簡単仕立てのアイテムを提案しています。縫うのは最小限に、それをアレンジすればアイテムの幅が広がるので、刺繍に集中して楽しんでもらえると思います」
刺繍の準備を始めます
では早速、刺繍の準備を始めていきましょう。今回は刺繍針のこと、刺繍糸のこと、刺繍糸の扱い方、基本の道具、糸の通し方を紹介します。
刺繍針のこと
- 7号刺繍針
- 4号刺繍針
今回はフランス刺繍針を使用しています。フランス刺繍針とは、縫い針などと違って針穴が細長く、目の詰まった布にでも刺しやすいように針先が尖った針です。25番刺繍糸を使用する場合は、細い糸2~3本で刺すため7号刺繍針を、5番刺繍糸を使用する場合は、太い1本の糸で刺すため4号刺繍針を使用しています。
刺繍糸のこと
- 25番刺繍糸
最も一般的に使用されている刺繍糸で、カラーバリエーションも豊富です。綿100%の細い撚り糸6本が束になっています。1束の長さは約8mです。6本から1本ずつ引き出し、指定の本数を引きそろえて使います。
- 5番刺繍糸
25番刺繍糸よりも太い2本の糸が撚り合わさった、光沢のある糸です。1本取りで使用します。綿100%で、長さは約25mあります。
刺繍糸の扱い方
25番刺繍糸は1本ずつ引き出して使う必要があり、また長いために、適当に引き出して使ってしまうと必ずと言っていいほど絡まります。また無造作にしまっておくと、糸の光沢がなくなったり、糸が傷む原因にもなります。
千葉さん「ここでは私が普段から使っている、三つ編みにしておく方法をご紹介します。糸が1本ずつ引き出せて便利な上、糸が絡まるストレスからもからも解放されるので、刺繍糸を買ったら、まずこれをしておくのがおすすめです」
三つ編みの仕方①
外にはみ出している糸端の方を確認します。こちらから引き出していきます。ラベルを外します。ラベルはこの後使用するので、捨てずに残しておきます。
三つ編みの仕方②
外に出ていた糸端から引き出し、束になった糸をバラバラにしながら、反対側の糸端まで引き出します。
三つ編みの仕方③
糸端をそろえ、糸を二つ折りにします。さらにもう1回二つ折りにします。約2mになりました。
三つ編みの仕方④
それを三つ折りにします。わをそろえるように整えます。これで約66㎝の束になりました。
三つ編みの仕方⑤
糸に取っておいたラベル2個に糸を束で通し、中央付近まで持ってきて二つ折りにします。
三つ編みの仕方⑥
ラベルと反対側の糸のわをカットします。
三つ編みの仕方⑦
ラベル側をクリップなどに引っ掛けて固定し、糸をまとめた後に3等分にします。程よい強さで三つ編みにします。糸端まで編み終えたら完成です。
千葉さん「きつく編み過ぎると糸が引き出しにくくなるので、程よい強さで編むのがポイントです」
基本の道具
- 刺繍枠:刺繍する部分の布を張る時に使用します。木製、ゴム製などさまざまな素材のものがあります。サイズがたくさんあるので、刺繍図案のサイズ、手の大きさによって選ぶとよいでしょう。おすすめは直径8~12㎝のもの。
- 刺繍針、まち針、縫い針:刺繍用に刺繍針、その他に布同士をとめる用のまち針、仕立て用に縫い針を用意しました。
- 糸通し:針穴に糸を通す時に使用します。左が一般的な縫いもの用、右が刺繍糸用の糸通しです。
- 糸切りばさみ:先の細いよく切れるものを用意します。糸切りばさみで紙などを切ると、切れ味が悪くなるので糸以外は切らないようにしましょう。
- チャコペン:布に図案を描く時、または図案を写した後に薄い部分を描き足す時に使用します。水で消えるタイプのものが便利です。
- 鉄筆(トレーサー):図案を描き写す時に使用します。ない場合は、インクのなくなったボールペンなどでも代用可能です。
- 手芸用片面複写紙:この複写紙を図案と布の間に挟んで、図案を鉄筆でなぞると布に図案が写ります。水で消えるタイプのものが便利です。
千葉さん「これらの基本的な道具は手芸店、またはインターネットなどでも購入できます」
糸の通し方
三つ編みにした糸のラベル側から、針の頭(針穴側)を使って糸を1本ずつ引き出します。針穴に糸通しを通します。糸通しの先に糸2本をまとめて通し、針穴から糸通しと糸を引き抜きます。これで2本取りの糸が通せました。
千葉さん「刺繍は図案に指定された本数の糸で刺していきます。『1本取り』は刺繍糸1本で刺し、『2本取り』は2本を引きそろえて刺すといった感じです。糸の本数、太さで描かれる図案の雰囲気も変わってきますので、指定のままで刺してみて、ちょっとイメージを変えたい場合は、糸の本数を変えて刺してみるのも楽しいと思います」
まとめ
次回から早速、実際の刺繍を千葉さんに解説していただきます。制作の初回は、刺繍初心者の方向け、市販の英字プリントのエコバッグを刺繍でかわいくアレンジします。フリーハンドで図案を描いて刺すという、図案写しがいらない刺し方をご紹介します。お楽しみに!