こどもの性教育、なぜ必要?
子どもから「赤ちゃんはどうしてできるの?」など、素朴な質問をされて戸惑ったことがある親は多いでしょう。昨今、家庭で性を教えるための書籍が多く出版されるなど、家庭での性教育にも注目が集まっています。
「えんみちゃん」のニックネームで、性教育のための講演活動や絵本執筆を行っている産婦人科医・遠見才希子先生に、子どもの性教育の重要性とその方法について教えていただきました。
「性教育は今、必要になっているというわけではなく、本来は昔から必要なものだったと思います。自分の体は自分のものであり、誰がどんな風に自分の体に触っていいか決める権利や、人には他者を尊重し安全で満足できる性生活を送る権利があるのです。それを教える性教育とは、健康と幸せのために必要な、人権に関わるものなんですね」と遠見先生。
日本では性をタブー視する風潮があり、きちんとした性教育を受けず、「からだの権利」ということを知らずに大人になった人も多いようです。
また、昨今はインターネットやSNSの普及により、子どもたちの性との関わりも変化してきています。
「子どもたちの身近にアダルトコンテンツが存在していたり、SNSで見知らぬ大人と簡単につながることができたりする現実があります。身近な保護者などの大人が、子どもにとって安心して性の話ができる存在であることが大切だと考えます」(遠見先生)
性教育を始めるタイミングとは
では、性教育はいつから始めればよいのでしょうか。
世界には、性教育を進める上でのスタンダードが存在します。これを「国際セクシュアリティ教育ガイダンス(以下、国際ガイダンス)」といい、5歳から学習目標が設定されています。
しかし、子どもの発達や家庭環境はそれぞれ異なるので、遠見先生は、「必ずしも5歳がスタートというわけではなく、それよりも早い場合も、遅い場合もある」と考えているそうです。
特に、家庭での性教育に関しては「私は性教育に関する講演会を数多く行っていますが、1回きりの講演と家庭での性教育は違います。日常に何度でもチャンスがあるので、『性教育するぞ』と身構えなくてもいいのです。例えば、赤ちゃんの大事なところを触れるときには、『おむつ替えるね』『おしりにお薬を塗るから触っていい?』と呼び掛けるのも、性教育の一部だと思うんですね」と遠見先生。
性教育は、日々のコミュニケーションの積み重ねから生まれます。
遠見先生「何か性についての質問をされたとしても、正解を1回で示そうとしなくてもいいんです。1回ですぐに伝わる、変わる、と思わないでコミュニケーションを続けましょう。答えは一つではないこともあるので、大人も子どもと同じ目線で考えてみましょう」
性について分かりやすく伝えるには
遠見先生によれば、子どもに「性」のことを伝えるには、まず大人が性について学ぶ必要があるとのこと。
そのためのツールのひとつとして、遠見先生が勧めるのは絵本です。
遠見先生も絵本を執筆されていて、どの作品も人気がありますが、執筆の動機は「子どもと一緒に安心して学べる本が必要だと思ったから」とのこと。
「大人自身も性のことを学ぶ必要がありますが、忙しくて時間が取りづらいですよね。そこで、大人も子どもと一緒に学べればいいと思うのです。私自身、産婦人科医でも『赤ちゃんはどうやってできるの?』と質問されたら、ドギマギしてしまうと思って、自分もこんな本があったらいいなという本を作りました。子どもと安心して読める絵本が必要だと思ったからです。他の本と同じように本棚において、気軽に好きなときに読めるような絵本で楽しく学んでもらいたいですね」(遠見先生)
遠見先生の「性とからだの絵本シリーズ」は、前述の「国際ガイダンス」による包括的性教育を意識して作られ、3部作で段階的に性が学べる仕組みですが、この中から2冊を紹介します。
『うみとりくのからだのはなし』遠見才希子 作/佐々木一澄 絵
「『うみとりくのからだのはなし』は、主人公を双子に設定することで、体の違いとか、同じ体の人はいない、というメッセージを伝えやすくしました」(遠見先生)
この本では、「からだの権利」について丁寧に伝えています。 「自分の体に誰がどんな風に触れるかは、自分で決められること」「相手の体に触れるときは、同意が必要なこと」という考えを自然に知ることができます。
『あかちゃんが うまれるまで 』遠見才希子 作/相野谷由起 絵
小学生の「ぼく」の目を通して、四季の移ろいとともに、生命が胎内で芽生え、育ち、誕生するまでの過程を知ることができます。
「この本では性行為も含めた赤ちゃんができる仕組みを、やさしい絵と語り口で伝えています。親から語るのではなく、産婦人科の先生が話すという形にしました。帝王切開の出産や不妊治療なども紹介し、出産や生殖のさまざまな形に触れられる本になっています」(遠見先生)
「プライベートパーツ」の教え方
性教育のはじめの一歩は、SOSからのアプローチではなく、自分の体は全て「だいじ」なパーツであることを肯定的に伝えておきたいもの。「プライベートパーツ」をやさしく伝えられる絵本として人気があるのが、遠見先生の著書『だいじ だいじ どーこだ?』です。
『だいじ だいじ どーこだ?』遠見才希子 作/川原瑞丸 絵
遠見先生が自身のお子さん(当時2歳)とのエピソードを交え、プライベートパーツの大切さだけではなく、一人一人が大切な存在だということを伝える絵本です。
「子どもへの性暴力の加害や被害を防ぐためにも、プライベートパーツ(口や胸、性器、おしり)を理解し、自分も他人も大切な存在だということを認識することが大切です。お風呂でいつも娘に『おしりも、おまたも、おっぱいも全部大事大事よー。〇〇ちゃんの体は〇〇ちゃんのものよ』と歌いながら、体を洗っていました。すると、ある日娘が風呂場で大泣き。理由を聞くと『自分で洗う! “だいじだいじ”は自分で洗うの! ママ触っちゃダメ!』と言い出したんです。その経験からこの本が生まれました」(遠見先生)
遠見先生は絵本の中で、以下のように伝えています。
「じぶんのからだはじぶんのもの。からだはどこもだいじだね。なかでもとくべつだいじなところをプライベートパーツというよ」
「からだのとくべつだいじなところは、みるのもさわるのもじぶんだけ」
出典:『だいじ だいじ どーこだ?』大泉書店,発行日(2021,07,07)
また、同じ絵本の中で、性暴力を防ぐために大切な「NO(だめ! いやだ!) GO(にげる) TELL(大人に話す)」についても、分かりやすく解説しています。
性について伝えるときは、どんなことに気を付けるべき?
遠見先生によれば、前提として子どもにとって安心して話ができる関係性が大事だそうです。
「子どもに『おかえり! 今日はどんな日だった?』などと声を掛けて、性に関わらず日頃からオープンなコミュニケーションを取ることで、性のことも話ができる関係につながるかもしれません。性に関して困ったことが起きても『親に言えなかった』『親に迷惑かけたくなかった』というケースもあります。性のリスクを遠ざけたいという親の思いが強いと、つい説教や脅しになってしまうこともあるので、気を付けましょう」(遠見先生)
こどもに性に関することを聞かれたら・・・?
「赤ちゃんはどうやって生まれるの?」「〇〇って何?」など、唐突に子どもから性についての答えにくい質問をされたら、親はどのように対応すればよいのでしょうか?
遠見先生は、「まずは、『お、それはいい質問だね』『〇〇って言葉知ってるんだね』などと質問してきたことを受け止めることです。そして、『うまく答えられないから、一緒に考えよう』『絵本に書いてあったから見てみようか』というように、親が一緒に考えるスタンスを示してもいいと思います」とアドバイスします。
子どもが成長の過程で、体や性について疑問を持つことや、知りたいと思うことは自然なことです。
「子どもの性に対する素朴な疑問に、知らなくていい、なんでそんなことを聞くの、といったネガティブな対応をすると、子どもは聞いてはいけない、恥ずかしいことなんだ、という否定的なイメージを持ってしまうかもしれません。性や体のことを肯定的に考えることは、自分や相手を大切にすることにつながるでしょう」(遠見先生)
おわりに
遠見先生のお話を伺って、家庭での性教育は絵本などを使ってポジティブに楽しく伝えられると、親子で性についてのコミュニケーションも取りやすくなることが分かりました。「性教育をしないと」と気負う必要はなく、リビングに絵本を1冊置いて子どもと一緒に見ることから、気軽に始めてみたいものですね。